空間そのものを保存する360度動画がアートの記録を変える

上下左右、全方位の映像を記録する360度動画は、美術館や博物館などの展示のアーカイブに非常に適したメディアです。
360度動画が可能にするのは、これまでとは全く異なる「空間そのものの記録」。
本記事では、その特徴について解説していきます。


「フレームのある記録」が変わろうとしている

たとえば、ある展覧会を記録することを考えてみましょう。
従来のような二次元の写真や動画の記録では、カメラマンはカメラを持ち、作品たちをどのように撮影するか考えます。
どのアングルでどこまでを背景に収めればいいか。

複数の作品を1枚に収めることはできるか。
映像などの動きのあるインスタレーションであれば、どのタイミングで記録するのが最適か。
考え、シャッターを切るでしょう。

シャッターボタンを押した瞬間、展示空間は、1枚の写真の中に収められます。
しかし、そこに残るのは、カメラマンによって選ばれた画角と瞬間のみ。
カメラのフレームの外にこぼれ落ちてしまった情報は、展示が終わってしまえば二度と再現できません。

写真も、動画も、これまでの記録はカメラの「フレーム」によって切り取られてきました。
この記録のあり方が今、変わろうとしています。

展示空間をありのまま記録する

私たちが提供したいのは、このような「フレーム」を取り払った、ありのままの空間の記録。
それを可能にするのが、360度動画です。
360度動画の撮影方法はいたってシンプルです。室内に360度カメラを設置したら、撮影ボタンを押して離れるだけ。
360度カメラは上下左右すべての視野を撮影するので、特定の撮影物や方向を決めることはありません。

特定の意図を介さず、フラットな目線で、空間をあるがままに写し取る。この特徴は、アーカイブにおいて最も重要なことです。

360度動画の鑑賞は視聴ではなく「体験」

撮影した360度動画のアーカイブは視野の制約がないため、視聴者は目線を動かしながら、展示室内の見たい場所を自由に見ることができます。
また、展示作品そのものだけではなく
 ・作品のスケール感
 ・展示室内のどの位置に置かれていたのか
 ・他の展示作品とどのような位置関係にあったのか
といった情報も読み取れるように。

さらに、360度動画は、写真にはできない「音」や「動き」を含んだ記録が可能です。
音や見ているものが変化していくことで、視聴者は映像の中と同じ時間の流れを経験します。静止画にはない臨場感を得られるのはこのためです。

映像やインスタレーションなど動きある作品の変化も記録し、リアルに再現する。時間と空間、両方の再現性の高さが、360度動画の大きな特徴です。

ある人は、正面から作品をじっくり見つめたいかもしれません。
ある人は、作品がどのように並んでいるのか、室内全体の雰囲気を見たいかもしれません。
またある人は、鑑賞している人たちの反応を見たいのかもしれません。

視聴者の自由に任された鑑賞は、もはや視聴ではなく「体験」。
360度動画の記録により、鑑賞の機会そのものを保存しておくことができるのです。

すべての人に、アートという体験を

会期という限りがある展示を、記録の中に残し続ける。
それが、2017年から私たちがサポートしているプロジェクト「ART360°(ART THREE SIXTY)」(主催:公益財団法人西枝財団)です。

展覧会を360°動画でアーカイブする本プロジェクトは、2023年11月現在で80件以上の展示を記録しています。この取り組みにより、会期中に会場を訪れることができなかった方や、過去の展覧会をもう一度見たいという方にも、アート作品の展示をお楽しみいただけるようになりました。

物理的な距離や時間の制約を乗り越え、より多くの方々に芸術や文化に触れる機会を提供する。
それを叶えるのが、360度動画によるアーカイブです。



ART360°
https://art360.place/

展覧会を 360° VR 映像でアーカイブ配信するプロジェクトです。
芸術がひとつの作品ではなく体験となった今、展覧会体験を保存し、
再生できる環境をつくることで、誰もが時間や距離を超えてアートの足跡を振り返ることができる未来を実現します。


ライター:土谷 真咲